消費社会白書2008巻頭言
潮目の見極め

2007.10 代表 松田久一

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 消費者の価値意識の分析を20年以上重ねていると、価値観の趨勢が変わる時を実感することがある。まるで、海で寒流と暖流の出会う付近などに見られ、海面に現れる帯状の筋、すなわち、潮目を見つけた時のようだ。2007年はまさにそんな年だ。海の潮目がよい漁場であることが多いように多くの顧客を獲得できる機会でもありそうだ。

 潮目は、上昇志向などの自己実現志向に代わって、より公益志向の価値意識が大勢を占めるようになったと読める。この背景には、少子高齢化と世代交代による消費者の人口統計的な成熟化に加え、様々な格差意識が広がったことがある。構造改革の時代、個人の実力で収入や資産に格差が生まれるのは自由社会では仕方がないと思う人が多かった。しかし、2007年度は、地域格差の拡大への許容意識が低下し、寧ろ、政府の失政の結果として抵抗意識が強くなった。「ふるさと」が壊れていくのを見過ごせなくなった。その結果、自由な「機会平等」意識に代わって、「結果平等」意識が大勢を占めるようになった。このせめぎあいは、世代差、年代差、地域差、職業差などによって複雑に交錯している。

 こうした価値意識の変化に潮目が見られるのと軌を一にして、消費意識もまさにジレンマ状況にある。多くの消費者のマインドは堅実と浪費の挟間にある。雇用が増え、正社員化の動きも見られ、収入は上昇しないまでも安定的に推移しているなかで、衝動的な浪費も楽しみたいが、レジャーや耐久消費財への具体的な目的のために貯蓄を増やす堅実な態度も崩さない。

 価値意識が揺らぎ、消費意識がジレンマに陥っているなかで、浪費や支出が許されるのは趣味の領域である。趣味は個人の好みに依存し、階層的なものなので、消費リーダーも多元的である。

 このような潮目には、マーケティングと戦略の巧拙で得られる成果も大きな違いを生む。流れを読み間違えば顧客に見放され、上手く流れに乗れば思わぬ釣果が得られる。多数の下層よりも上昇志向の少数の「中の上」層、「成熟世代」、「東京23区」の勝ち組、堅実な消費態度の「エイティーズ」などにターゲットを絞り込み、趣味化やワンランクアップ化で商品サービスを差別化し、価格訴求より品質アップによって、需要を喚起する。さらに、マス広告と消費者ネットワークの相乗効果をうまく活用して説得し、寡占化し巨大化する大手の流通ネットワークとの条件交渉を乗り切ることが顧客獲得の巧いポイントになる。そして、何よりも大切な成功のポイントは、変わる価値意識の潮目をそれぞれの市場の現場で見極めることである。

[2007.10 消費社会白書2008]